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ARTICLEアーティストのリアルを届ける特集記事

SOERU COFFEEの木下拓朗がコーヒーに教えられた“過程”の重要性

 

 

インタビュイーは、熊本市内に店舗を構えるコーヒーショップ「Gluck Coffee Spot」に勤めながら、個人のユニット「SOERU COFFEE」としての活動も精力的に行っているバリスタの木下拓朗さん。

 

彼が魅了されたスぺシャリティコーヒーの魅力とは? そもそも、スぺシャリティコーヒー=自分がやりたいことにどのようにして出会ったのか? さらには、今後構想する「自分のお店づくり」で抱えている悩みとは。人生を賭けるモノとの出会いを経て、まさに今、理想の実現に向けて試行錯誤を重ねる若きアートヒューマンの思いを、ぜひご覧ください。

 

INTERVIEW FILE 07     TAKURO    KINOSHITA 

 

 

 

ーー木下さんは、元々は理学療法士をされていたそうですが、そこからどのようにバリスタの道に入られたのでしょうか。

元々理学療法士時代に、勉強会などの人を集める企画に携わる機会が重なったのがきっかけです。自分なりに頑張って工夫した空間で、集まったみんなが楽しんでくれているのを見るのが楽しくて。「もっと、みんなが楽しめる空間を作りたい」「そのために僕にできることって何だろう?」と考えたときに、たまたま出会ったのがスペシャリティコーヒーだったんです。

 

「空間を作りたい」ー動き続ける中で、ある一杯と出会った

 

実を言うとスペシャリティコーヒーに出会うまでは、あれでもないこれでもないと悩んでいて、熊本県内の色んなお店を回ったんです。

 

例えば、上乃裏にあるタルトの店「tartelette」さんや、パン屋の「NEVL」さん、それにカレー店「ヨダレカレー」さんなど。みなさん、すごく親身に相談に乗ってくださり、アドバイスもいただけたんですが、異口同音におっしゃったのは、「飲食は結構大変だよ」っていうことでした。でも、その後、コーヒーをやるって決めて報告に行ったら、皆さん、笑顔で「いいんじゃない!」と応援してくださって。ありがたいですよね。

ただしばらくは、理学療法士の仕事も続けながら、仕事終わりや週末などの隙間時間で勉強したり活動したりしていました。そうしたら、応援してくださってるみなさんが「そこまでの想いがあって、本気でやってるんなら、コーヒーの活動に集中した方がいいよ」と背中を押してくださって。それで思い切って仕事を辞める決心をして、今に繋がるバリスタのお仕事を本格的に始めました。

ーーはじめから「コーヒー」と決めていたのではなく、そもそもは「みんなが楽しく過ごせる空間をつくりたい」という想いが、はじまりだったんですね。

はい。自分自身、ふらっと気軽に顔を出せる場所があることで救われたっていう経験をしていたので。また、理学療法士は休む曜日を固定化しにくい職種です。そういう働き方の人って、誰かと日を合わせて遊びにいくってことがしづらいので、一人で出掛けられる行きつけの場所があると嬉しいんですよね。だから、そういう場所を僕が作れたらと思いました。

ーーそこから、色々なお店を回るようになった中で出会ったスペシャリティコーヒーが、特別な感動を覚えるものであったということなんですね?

ええ。元々は、特別にコーヒー好きってことでもなく、インスタントコーヒーや缶コーヒーをたまに飲むくらいのものだったんです。それが、1年半から2年前くらいに、大江のコーヒー屋「808 COFFEE STOP」でスペシャリティコーヒーを飲んだことで、一気に興味を持つようになったんです。

飲んだ一口目に「なにこれ?」と思いました。

 

そこで、店の人に尋ねて、僕が飲んでいるものが「スぺシャリティコーヒー」だと教えてもらいました。美味しいのはもちろん、あまりにも普段飲んでるコーヒーとは味が違ったので、それから、その店に通うようになって、色んな話をしたり、自分でもコーヒーについて興味を持って調べたりしているうちに、コーヒーだけじゃなくて、食べ物や洋服など、自分のまわりにある色々なモノの本質について一歩踏み込んで考えるようになっていきました。

元々スぺシャリティコーヒー自体が「物質の本質を見よう」という考え方を持つものなんですが、「ああ、これをこうするからこういう味になるんだな」とか、コーヒーを飲むことで過程と結果の関係の重要性を実感するようになって、そこから、物事はすべて、出来上がったものとして世の中に現れるまでに様々な過程を経てきているんだなってことを、自覚するようになったんです。

たとえば、服も同じですよね。出来上がるまでには色んな人の手が入った根気強い過程を経ています。どんな生地が使われていて、どんな風に縫製がされているのか。そんな風に、自分の身近にあるモノたちの様々な過程を、ちゃんと見よう、気付こうと思うようになりました。

ーーコーヒーも蛇口をひねれば出てくるわけじゃないし、服だって魔法でポッと生まれるわけじゃない。本当に当たり前のことですが、確かに、私たちの手にするものって、どれもがそういう色んな人の手を経て作られているってことを、私も含めてほとんどの人が、忘れてしまっていたり、気付く努力を怠ってしまっているように思います。

 

僕自身、理学療法士時代は、1年目だったこともあってか、かなり肩に力が入っていたんです。指導いただいていた先輩や周りの人たちがすごくエネルギッシュに、精力的に活躍されている姿を見て「僕もこんな風になりたい!」と強く思ったことから、自分なりにガツガツと勉強する日々を過ごしていました。その時は今思えば、毎日が浮足立っていたというか。「自分を壊して超えていかなきゃ」みたいな想いにとらわれて、正直、周りのことが見えなくなったり、自分のペースというものが分からなくなったりしていました。

 

でも今は、コーヒーに出会っただけでなく、自分でお店をしている方々の「自分のできる範囲で、やりたいことをやる」という、のびのびとした姿勢にも触れたことで、自分のペースを取り戻し、色んなことを考えたり、まわりを見たりしながら生活できるようになりました。

 

ですから、ご来店いただいたお客さんには、僕がそうしてもらったように、同じ空間の中で、僕自身が伸び伸びと過ごしながら、スぺシャリティコーヒーを一杯一杯、丁寧に淹れることで、自分のペースを取り戻し、伸び伸びと過ごしてもらえる空間を提供できればと思ってます。

 

 

 

 

少し高くても良いものがある、気づきを与える一杯を淹れたい

 

ーーそもそもな話なんですが……スぺシャリティコーヒーってどういうコーヒーなんですか? インスタントコーヒーや缶コーヒーと味わいが違うってことは分かりますが、今お聞きしたお話を踏まえて、どのような過程で作られたコーヒーなのか教えてもらえませんか。

スぺシャリティコーヒーは農園で大量生産されたものではなく、生産者が一つ一つ手間をかけ、様々な工夫を重ねて丁寧につくられたコーヒー豆で、淹れたコーヒーなんです。病気などに弱い分、手間もかかるんですが、その分飲んだ時に「美味しいコーヒーって、こういうことなのか」という感動が口から鼻にかけて贅沢に広がります。

最近は、コーヒーそれぞれの特徴を生かしやすい浅焼きで提供している店が多いのですが、深く焼いても異なる味わいが楽しめて美味しいんです。ですから僕としては「浅焼きがいい!」とか「これこそがコーヒー!」とか、主観で好みや価値観を押しつけるのではなく、味わいに幅を持たせたコーヒーを提供することで、飲む人それぞれが自分にとっての美味しい一杯を見つけてもらえるようにしています。

 

生産者の人が努力して良い豆を育ててくださっているから、美味しいコーヒーを飲むことができるんだっていうことを皆さんに知っていただきたい。そのためにも、それに気づいてもらえる機会をできるだけ多く提供していきたいと思っています。

 

 

ないから作ろうと思ったらあったー「Gluck Coffee Spot」との出会いとアップデートした自分の店づくり

 

ーー今のお店で働くようになったそもそものいきさつは?

 

今働いているお店は去年(2017年)の7月にオープンしたんです。その時僕はまだ理学療法士として働きながら、個人でイベントに出店するなどの活動をしていたんです。たまたま知り合いが、店長に僕の話をしてくれたことから「手伝ってくれない?」とお声がけいただいて、仕事終わりやお休みの日にお店へ入らせていただくようになりました。

ーー理学療法士として働きながら、イベント出店などもされていたんですね!

はい。アートヒューマンの出店も、先日の第4回への参加で2回目です。1回目は、T-shirtsブランド「DARGO」を展開する成松さんに「出てみなよ」って誘っていただいたことがきっかけでした。当時は理学療法士の仕事があって、なかなか長くお店に入ることは出来なかったんですが、イベントではたくさんの人と話しながら、たくさんのコーヒーを提供することができて楽しかったですね。今思えば、その体験も、コーヒーの道で生きていくっていう決断を後押ししてくれたと思います。

ーー理学療法士の仕事をしながら、仕事終わりや週末にイベント出店…そんな本気な姿勢を見ていたから、みなさん、「会社を辞めてコーヒーに集中した方がいい」とアドバイスされたんでしょうね。現在はバリスタとして充実した日々を送られているわけですが、これから先、特にこうなっていきたいなどのイメージは何かありますか?

まずは、自分のお店を持ちたいです。ただ正直、今の時点では今後どうするかってことについては迷っています。

それというのも、元々僕は、コーヒーの魅力を伝えるだけではなく、フラッと来ても居心地の良いコミュニティを作りたいという想いがあって、会社を辞めたんですが、今勤めている「Gluck Coffee Spot」は、まさにそういう空間になっていて。会社を辞めてまで作ろうと思った場所が、既に存在しているってことを知ったんですよね。

 

 

しかも、志というか、思ってる方向が同じ人たちと今は働けているので、この人たちと一緒にアイデアを持ち寄ったり企画を練ったりしていく方が、色んな活動ができて、多くの人に自分の思いも届けられるような気がして……でも、やっぱり、自分でやりたいと思ったのが、仕事を辞めた一番大きな理由だったんで、先々自分のお店を持つということで、答えは決めています。

一番迷ってるのは、どういうお店を作るかということですね。

ええ。「Gluck Coffee Spot」みたいな、居心地の良いカフェ空間も持ち合わせたお店にするのか、もしくはコーヒー焙煎に重きを置いたお店を作るのか、という両極の間で迷っているんです。

 

僕がやらなくても、居心地の良い空間は既に存在しています。でも、「自分の空間を作る」って目的でなら、きっと、もっと、やりながら試行錯誤できることがあると思うんです。一方、焙煎店に関しては、約2年間、コーヒーを勉強したり、コーヒーに関する活動を行ってきた中で、考えも少しずつ変わってきて、コーヒーから僕が学んだことをもっと積極的にプッシュしていけたらなっていう想いがあるんですよね。

 

どちらのお店づくりをするかで、発信していくことが大きく変わるので、難しいところです。が、本音を言うと、両方の旨みを含んだ空間づくりが叶えられると嬉しいんですよね……ただ、どちらに行くにしても、コーヒーを通して丁寧な暮らしを提案していきたい僕が、中途半端なことをして生活できなくなると説得力がないんで、そこはきちんと時間をかけて考えたいところです。

 

 

ーーどのようなお店作りにするにしろ、これだけは必ず発信したいという、お店づくりに関するブレないテーマはありますか?

そうですね……(しばらく考えてから)、過去の自分みたいに、自分で何かをしたい! とウズウズしてはいるけれど、まだ一歩踏み出せていない人たちが「自分でもできるかも!」と希望を感じられるような場所にしたいです。

特に若い人たちに来てもらえたら嬉しいですね。まだまだ浅い経歴しかありませんが、自分の経験やそれまでに考えてきたことを話すことで、若者の考え方が変わったり、選択肢が増えたりするきっかけを生めたらと思うので。

 

 

まずはやってみたらいい、違ったらその時に考えればいい

 

ーー木下さんにとっての「tartelette」や「NEVL」、「ヨダレカレー」、「DARGO」のような存在になるお店を作れたら、素敵ですね。木下さんの想いが一番叶うお店はどんな形態になるんでしょうか……最後にお聞きしますが、この記事を読みながらウジウジしている人がいたとしたら、なんと声をかけますか?

 

1ミリでもやりたいと思ったことがあれば、まずはやってみればいい。その中で、もっとやりたいことに出会ったら、それを始めればいいし、どうも違うなあと感じた時には、また他のことにチャレンジすればいい。僕もお店を開いて万が一ダメだったら、ダメになったその時に、また次にどうするかを考えますので(笑)。

 

 

僕自身、「tartelette」や「NEVL」でよく言われたのが「やってみたらいいんじゃない?」なんです。なんか適当に聞こえるかもしれませんが、動いてみればなんとかなるっていう精神を教えてもらったし、動けば応援してくれる人が増えてくるということも実践で教えていただきました。お二人とも、僕より先にそれらを体現されていたため、その姿に勇気をもらいましたし、そういう考え方に出会ったことで、僕はフットワーク軽く動けるようになったんで、僕からも同じように「やってみたらいいんじゃない?」と、声をかけたいです。そのためにも、まず、僕自身が「やってみる」必要がありますが。

ーーまだ具体的な設計の面で迷いはあっても、後悔しないようにやりたいことをやるという強い思いがビジビシ伝わってきました。この記事を読んで、ウジウジ悩んでいた若者が、「よし、なんかやってみよう!」と、まずは一歩踏み出す気持ちになってくれれば嬉しいです。貴重なお話を有難うございましたー!

 

 

*

「何かしたい」「でも何をしたいかがわからない」ーーそんな若者特有の悩みに真正面から向き合ったことで、突破法を感得した木下さん。言葉ではなく行動で、その想いを示してきた木下さんのまわりには、その成功を見守り応援する、多くの師匠とファンで溢れています。それはすべて木下さんが頑張って「やってみた」からこそ得られたもの。スぺシャリティコーヒーの考えを学ぶことで「生活が出来なくちゃいけない」「自分が出来る範囲で」という冷静さも身に着けた木下さんですが、今後、自分の店を持つという新たな目標に挑んでいく中で、どのような空間を作り上げていくのか? その新たなトライから目が離せません。

 

自分は何がしたいのか? どこに向かって足を踏み出せばいいのか? 木下さんの話を聞きながら、私も、自分の本音と対話しながらぶれずに生きていこう。うまくいかなければ、何度でも軌道修正すればいい。そんな風に思いました。後日遊びに行ったART HUMAN FESTA2018で、木下さんの活動チーム「SOERU COFFEE」が焙煎した豆で淹れてくださった一杯は、なんとも良い香りが鼻腔を包み、ゆとりを感じる、幸せな味に満ちていました。

 

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次のアートヒューマンはブランド「SANLDK」でデニムクリエイターとして活動するkyonさんです。更新を楽しみにお待ちください。

それではまたー!

 

(浅田よわ美)

 

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