「父を超えないといけない」和菓子をアートとして打ち出す、菓舗梅園五代目・片岡翔之助の覚悟

来たる11月11日に開催される、第4回「ART HUMAN FESTA2018」※。今回出店する若手クリエイター=アートヒューマンたちに、日々のモノづくりで考えていることや、フェスタに懸ける“想い”について聞いた。

※【ART HUMAN FESTAとは?】

表現する人そのもの=アートと捉え、そのような表現者を「アートヒューマン」と呼ぶ―アートヒューマンプロジェクト―の運営チームが企画するマーケットイベント。

 

インタビュー2人目は、菓舗梅園五代目の片岡翔之助さんインスタグラムで7000人以上のフォロワーを持つ、新進気鋭な和菓子職人だ。

 

INTERVIEW FILE 02 SHOUNOSUKE KATAOKA

 

 

 

はじめて和菓子を作った日、和菓子職人になるって決めました。

 

ーー当日、イベントブースでは何をされるんでしょうか?

 

和菓子教室をやろうと思ってます。

 

ーー和菓子教室! 参加者が和菓子を作れるんですか?

 

そうです。実際自分でやってみると、すごく感動するので。

 

 

僕が和菓子職人になろうと思ったきっかけも、自分の父(菓舗梅園四代目)が、和菓子教室を開いてくれたことでした。

 

その時は「みかん」の練り切りを作ったんですが、子どもながらに、すごく楽しかったものですから、そこから「和菓子職人になりたい!」と思って、そのまま今日にいたっています。

 

ーーみかんの練り切り……ものすごく難しそうですが、子ども時代に作られたんですか? 

 

できますよ! 僕が作ったのは小学校低学年の時ですが、これまで教えた中で、ちゃんと作れた最年少の子は2歳8カ月でした。

 

今回のイベントの体験でも、みなさんと、この「みかん」を作りたいと思っています。

 

子どもって、「子どもだからこれくらい」と難易度を下げたものよりも、ちょっと難しいくらいの方がのめり込んでやるんですよね。自分が出来そうで出来ないかくらいの。

 

ーーなるほど。今回の体験も、ぜひ子どもたちには、やってほしいということでしょうか。

 

そうですね。もちろん大人の参加者も歓迎ですが、小さい子に和菓子に興味を持ってもらいたいっていうのが体験教室をスタートした理由ですから。

 

今の子どもたちって、和菓子の味を知らないんですよ。今は、おやつと言えば、洋菓子を買って帰るのが普通なので。夏は水羊羹、こどもの日には柏餅みたいな、昔はあった、季節毎に和菓子を食べる文化もすたれていますし。

 

 

とにかく、一回食べておいしいて感じる経験をしないことには、「和菓子が食べたいな、買って帰ろう」とは絶対にならないので。

 

まずは味を知ってもらおうと、今回のイベントだけでなく、小学校で体験教室を開いたり、通常営業時でも、子どもの興味を引くように、ドラえもんやクマモンのキャラクターをかたどった菓子を、販売したりしています。

 

職人の閉鎖的な世界で進む、後継者問題

 

ーーせっかく作っても買う人がいなかったら、和菓子という食文化そのものが縮小して、技術も継承されなくなっていきますもんね…。そうならないためにも、子どもたちに、ちゃんと和菓子に触れる機会を提供していく必要があると。

 

 

 

はい。あと、後継者問題もあります。僕の店がある川尻界隈でも、6件の和菓子屋さんがあるんですけど、今いる後継者って僕だけで、他のお店は、現状誰も決まってないんですよ。

 

店主さんたちも、60歳を越えてお店を切り盛りされているんですが、娘さんも息子さんも、ほとんど県外に出られていますし。そんな状況もあって、かつての僕のような和菓子職人になりたい! っていう子に出会えるきっかけ作りを積極的にしていかなければと考えてはいます。

 

 

ーー後継者不足って、熊本だけじゃないですよね?

 

全国レベルで、後継者不足だと思います。熊本の場合、震災をきっかけに、5店舗の和菓子屋さんがお店を閉じました。うちも実家と工場が全壊して大打撃を受けたんで、気持ちはわかります。

 

ーー厳しい状況ですが、実際、ワークショップのあとに、和菓子職人になりたいって、門をたたく子どもはいるんでしょうか?

 

ちょこちょこいますね。高校生くらいになったタイミングで、うちにバイトに来てくれたりとか。そこから、他の和菓子店舗での体験を紹介したり、製菓学校のことを話したりします。

 

ーーやっぱり体験で得た感動って大きいんですね。でも、後継者候補を近隣店舗にも紹介するっていうのは正直意外でした。職人の世界って、すごく閉鎖的なイメージがあって、だから後継者も育たないのかなあと思っていましたが、近隣の店舗さんたちと、情報交換とかするんですねえ。

 

正直、和菓子業界=閉鎖的というイメージは間違ってないと思います。

 

和菓子が日本にしかないっていうのは、結局その閉鎖的な性質のせいだと思っていて、あとから日本に入ってきた洋菓子が、和菓子よりもこれだけ発展してるっていうのが、まさに文化の違いを体現しているというか。

 

 

洋菓子の職人さんたちって、色んなイベントをやって、勉強し合う文化があって、「みんなで技術を出し合いブラッシュアップし合うことで、色んな良いものを作っていこう」っていう土壌があります。

 

それに比べて和菓子は、「その店の技術は他に漏らさないで伝承していく」っていう、教えない文化が根強いんですよね。

 

でもそれだと和菓子業界が、縮小する一方だって危機感を感じました。だから、技術や力を出し合って良いものを作っていくために、体験ワークショップや共同イベントを行う団体「開懐世利六菓匠(かわせりろっかしょう)」を近隣の6店舗で作ったんです。だから、僕ら近隣の6店舗の和菓子屋さんはみんな仲がいいです。

 

そういう循環があるので、和菓子職人になりたい! と来てくれる人がいたら、6店舗すべてを体験できるようにするなど、オープンに技術を学べる環境づくりを進めてはいます。

 

 

職人として、商売人として「どうやって父を越えていくか」

 

ーー片岡さんは修行するにあたり、どこで学んだんですか? 

 

僕の場合は、大阪に修行に出ました。大阪の喜久寿っていう「どら焼き」が有名な店に「弟子になりたい」って志願して。

 

父も、店を継ぐ前に大阪で修行を積んだらしいんですが、それで「土地が変われば文化が違うし、人も違うから、一回外に出た方がいい」といわれてたのもありましたね。

 

ーー修行時代は、大変だったんじゃないですか?

 

結構大変でした。都会の有名店は売れる量が桁違いなので、作る量も多くて。朝の4~5時とかから起きてやってました。

 

持ち場で仕事が全部分けられているんですが、1年目は大体ずっと皿洗いとか。「大阪に皿洗いに来たわけじゃないんだけど」とかって想いを内に秘めながら黙々と作業してましたね。

 

修行といっても、何かを丁寧にレクチャーしてもらえるわけじゃないから、皿洗いとか包装とかの持ち場の時、作業の合間に、先輩や師匠の所作を観察して、仕事終わりにあんこを包む練習をするんです。

 

ある程度できるようになったら、工場長に「今こんだけ出来ます。ちょっと見てください」とお声がけをして、それからやっと仕事がもらえるっていう。

 

ーーハードですね……。

 

そうですね。1日中あんこを炊く持ち場の時は、夢の中でもあんこを炊いてました(笑)。

 

 

そんな感じで修行生活を送ってたんですが、親父が病気で倒れた時がありまして。

 

3カ月間くらい親父が入院したもんで、替わりに店を回すことになったんです。その時に、大きくショックを受けたんですよね。

 

子ども時代から和菓子に触れて来て、大阪の修行生活にも向き合って、自分の中で「お菓子は作れる」っていうある程度の自負はあったんですが、会社経営っていう形で、店に入った時に、自分には何の力もないって痛感したというか。

 

 

自分は職人ではあるけど、商売人ではないんだなって思いました。

 

お菓子を作れても、そのお菓子をプロモーション等で販売していくころができなければ、和菓子を商売にして、継承していけない。だから、そこで一度、和菓子の業界から離れたんです。

 

ーーえ!? そこからどうされたんですか?

 

東京に行って、SNS関連のweb会社に入社し、そこでInstagramなどのノウハウを身に付けました。

 

ーーすごい行動力……!

 

職人の世界は黙って待っていたら何も投げ込まれない世界なので、師匠に対しても、学びたいことがあった時にも、自分から取りにいくってことが昔から当たり前だったので、行動することに、抵抗はないですね。

 

仕事の時間以外には、SNSを通したプロモーションで物を販売している起業家の人とかに話を聞きにいったりしてました。「どうして今この販売をするようになったんですか?」とか。商人としての心得や姿勢が知りたかったというか。

 

それで色々教えてもらったことと一緒に熊本に帰ってきて、インスタグラムにお菓子を投稿して販売する等、新しい販売法を始めました。その繋がりもあって、僕がずっとしたいと思ってた「和菓子の講習会」を東京と大阪で開催することができました。

 

僕の投稿を見ていたInstagramのフォロワーさんが、そういう場所を設けてくれたんです。

 

 

 

ーーすごい。熊本だけじゃなくて、全国で講習されてるんですね。

 

後継者としては、父を越えなきゃいけないので。

 

 

親父は熊本県内の各地で講習をやったり、18年ラジオを担当してたり、職人だけじゃなくて、ちゃんと和菓子文化を発信する商売人として活動していて…父がやったことないことをやっていこうというのは、常に自分の中にあります。

 

これからのことー和菓子のアート面の魅力を伝える、旅する和菓子職人になりたい

 

 

ーーお父さんも、お爺さんを越えなきゃいけないって、やってこられたんでしょうか。五代目として色々チャレンジしつつ貪欲に勉強し続ける片岡さんとしては、今後さらに、こうなっていきたい姿みたいなものってありますか?

 

もっと和菓子のアートとしての魅力を追及して発信していきたいですね。

 

たとえば「みかん」の練り切りにしろ、ただのあんこ玉から、形を作っていくっていう、アート性のあることを和菓子職人はしているなって思ってて。

 

 

そういう和菓子のアート性を逆輸入してもらおうってことで、近々親父とフランスとドイツに行くんですけど。

 

ーー和菓子=アートですか。わかるような気はしますが、一般的には和菓子=甘くておいしいお菓子の方がイメージとして強いかなと。身近にアーティスト性のある職人さんがいたとか、特に影響受けた人がいたりするんでしょうか?

 

身近にいた工芸菓子職人の立山さんの存在は大きいです。ONE PIECEの小田栄一郎さんからの依頼で、ルフィを作ったり、鷹とかルビーを作ったり。食べるものじゃないんですが、人に見せる専用の工芸菓子というものがあって、それがすごいんです。

 

 

 

菓子だけどアートなんですよね。その身近な人の影響もあって、工芸菓子とはまた違うのですが、和菓子の「アート」としての部分に、フォーカスを当てた売り出し方っていうのを、探っていきたいと思うようになりました。

 

そして、そのような和菓子のアートとしての魅力を伝える「旅する和菓子職人」になるのが、僕の現状の、なりたい像です。

 

 

ーー旅する和菓子職人ですか?

 

今ってコンビニスイーツもおいしい時代じゃないですか。

 

菓子1個100円で売るというような商売形態でいくと、労力とか含めると、僕ら職人は今後絶対大手に勝てなくなります。今でもそこの作業場に、1台で20人の職人分働く機械とかあるわけですよ(笑)。

 

でも、“人間が一個一個手作りしている”っていうことに、価値を感じて、対価を支払ってくれる人たちは、必ずいます。修行で身に着けたアーティストとしての技術面を評価してくれる人たちが。

 

それであれば、僕としては、その技術を磨いた手と共に全国や世界各国に行って、講習会や体験会を開く、旅する和菓子職人になりたいんです。

 

ーーなるほど、フォロワーさんに協力いただいて、東京や広島で講習会をしたのも、旅する和菓子職人としての足がかりだったんですね。

 

はい。その2回を橋掛けとして、色んなところに呼ばれていける自分になりたいっていうのが、今の目標です。

 

 とは言っても常に店舗に立ってる必要がある仕事でもあるので、そこをどう工夫するかを、今まだ考え中なんです。そういったことを考えて実現していくことが、またこの先の自分のやりたいことに繋がっていけばいいなって思ってます。まずは、イベント当日の和菓子教室に、せひ遊びに来てください。

 

 

 

技術を持つ職人の存在意義をアーティストとして強める活動や、ご自身がトライされたい「和菓子職人」としての今後の活動が楽しみな片岡さん。今後の動向から目が離せません。

 

そんな片岡さんがART HUMAN FESTAで和菓子教室を行うのは受付の裏に位置する6坪カフェのスペース。プロの職人の技術を盗み見ながら作るのは、とびきりおいしそうな「みかん」……に、見える和菓子です。片岡さんが和菓子職人になることを決めたという、最後にみかんの皮を剥く瞬間の感動を味わえる機会でもあります。ぜひ体験ブースへ足を運んでみてください。

 

次のアートヒューマンは花屋はな輔の須子栄輔さんです。更新を楽しみにお待ちください。

 

それではまたー!

 

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