堀川 峻平

 

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AHP

活動内容を含めた自己紹介をお願いします。

 

 

堀川:

堀川峻平と言います。1989年、熊本生まれです。今は、東京を拠点に活動中で「vivid undress」というバンドでベースを担当しています。他に夏木マリさん、矢沢永吉さん、Toshiさん(X-Japan)など様々なアーティストのバックバンドの仕事をしています。趣味は泳ぐこと。暇ができたら、体力衰えないようにプールで泳いでいます。

 

 

AHP

現在に至るまでどのような活動をしてきたのでしょうか?

 

 

 

 

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堀川:

元々は、中学3年生の時に友達がバンドをやろうと言ってきたのがきっかけです。当時は、あまりバンドに興味はなくて軽い気持ちで「いいよ~」と返事をしました。集まったメンバーが偶然みんなギター希望で、じゃんけんで負けてベースになりました。実は、当時ベースという言葉さえ知らなかったです。

 

 

すぐに活動しようということで、楽器屋に行って初心者セットを買ったのですが、全くの素人だったこともあり友人のお父さんでギタリストの方に習いに行って勉強しました。

 

 

 

AHP:

今の姿からは想像できないですね。それからはどうだったのですか?

 

 

 

堀川:

中学校で組んだバンドはコピバンですぐ終わりましたが、高校で結成したバンドで初めてライブをしたり曲を作りました。今は全国的にも有名なブルーエンカウントやワニマとかと一緒にジャンゴでライブをしていました。

 

 

高校は途中で退学して、いろいろ考えて自分ができるのは音楽しかないと思い、東京の東京スクールオブミュージック専門学校の渋谷校に2年間行ってひたすらベースを弾いていました。専門学校時代にもバンドを組んで活動していましたが、熊本にも来たりしていて、その時にサポートをやりたいと思うようになって、20歳くらいからサポートをしながらバンド活動をやるようになりました。最初は1か月に1回くらいしか仕事もなくて、あっても当て振りとか、それくらいでした。 

 

 

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AHP

中学生の頃に音楽と出会ってからは、ずっとベースに打ち込む日々といった印象です。世間的に大物と言われるような夏木マリさんや矢沢永吉さんなどのバックバンドもされてるとのことでしたが、どのようなきっかけだったのでしょうか?

 

 

 

 

堀川:

東京でバンド活動をしていると色んな人と出会うのですが、マリさんの件について言えば、学校の紹介でマリさんの旦那であるノブさんがプロデュースするバンドでベースをやることになって、バンドはすぐに終わってしまいましたが、その後もノブさんにはとても良くしていただき、マリさんがライブする時に誘いの電話をもらってサポートに入り始めました。

 

 

 

 

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AHP:

それでは、今のvivid undressの活動はどのように始まったのでしょうか?

 

 

 

堀川:

専門学校で組んでたバンドが解散するころに誘われて始まりました。ボーカルのソロのサポートみたいな感じで誘われたので、最初はサポートのつもりでいましたが、ボーカルが本メンバーとしてみんなで一緒にやりたい、といってくれて正式に結成しました。

 

 

うちのバンドメンバーは、いろんなバンドがありますが、その中でも特に目立ってた人が集まっている印象で、初めは不安もありましたが、みんな面白くて今ではすごく仲が良いです。

 

 

 

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AHP:

そうだったんですね。寄せ集めというと表現は悪いかもしれませんが、お互いを認め合い、一つのチームとしてまとまってきているですね。

 

 

堀川:

今、熊本にはバンドが少ないみたいですが、この記事を読んで、熊本でバンドやってたらこれくらいにはなれるんだって思ってもらえたら嬉しいです。

 

 

 

AHP:

バンド活動では、良いこともある反面、揉めたり苦労したりすることもあると思うのですが、いかがでしょうか?

 

 

堀川:

実は、最初はこのメンバーじゃなかったんです。結成してすぐに事務所が決まったのです、ドラムの子がもう一つ別のバンドをしていて、そっちを選んだことでドラムがいないという事態が起きました。幸いにもボーカルがドラムで入れたい子がいるということで来てくれたのですが、その子も「バンドは組まない」と言っていて事務所の所属を前にして絶望的な状況でした。

 

 

AHP:

せっかくの機会を前に辛い状況ですね。どのように乗り越えたのでしょうか?

 

 

堀川:

それが、あれだけやらないって言ってたのですが、一回やったら一緒にやりたいといってくれて乗り越えられました。

 

 

 他にも、バンドは見え方がとても大切だと思うのですが、寄せ集めだったこともあり、ライブも淡々とみんな弾いて上手いけど、お客さんが引いちゃったことがありました。当時はまだバンドとしての一体感というか自分たちのライブのスタイルがまだできていない状況でした。

 

 

ライブは一緒に楽しむもの。エンターテイメント性が必要。一緒に盛り上がって楽しい気持ちになれることにお金を払ってきてくれる。そういったことをちゃんとメンバーで共有するために話し合いをしました。最初は出来てなくて、お客さんがつかなかったんじゃないかと思います。

 

 

 

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AHP:

そういったコミュニケーションを増やしていくことで変化はありましたか?

 

 

堀川:

実は、事務所に所属していた時はプロとしてするように指示もあって、サポートが受けられる反面、パフォーマンス的な部分では自由度が低いところもありました。ただ、事務所がなくなってから、自分たちで好きにやれるようになって、お客さんと盛り上がれるライブができるようになりました。

 

 

 

他にも、MCと言って、曲の間にしゃべることがありますが、メンバーの一人がオネエなので、それはもうたくさんの人の心をつかんでいきましたね。(笑)心が緩んだところで手拍子をしたり、一緒に歌ったりお客さんとの距離が縮まって一体となって盛り上がれるのは本当に楽しいです。

 

 

 

AHP:

結成してまもないリアルなバンド事情や事務所に所属することによりメリット・デメリット。そうした状況をメンバーで話し合いながら次の一手を投じていったのが伺えます。 ちなみに今抱えている課題はどういったものでしょうか?

 

 

 

堀川:

それこそもっともっとライブにたくさんの人に来てもらえることです。集客しないといけない。いろんな人に知ってもらったり、ライブの見せ方を工夫したりすることも課題です。プロのライブ見てると、MC一つとってもいうことがちゃんとしている。まとまっていてやっぱり違うなって思います。

 

 

まだまだ出来ないことがあるし、毎回できるようにしていかないといけない。いかにお客さんの期待を毎回超えられるか。そこを考えています。

 

 

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AHP:

今後はどのようなことをしていきたいですか?

 

 

堀川:

バンドとしては、やるからにはもっと上にいきたいですね。そのためにたくさん新しいことに挑戦したり、面白いと思えることを発信していって、来てくれる、これから知ってもらえる人たちに楽しいと思ってもらえることをしていきたいです

 

 

そうやってお客さんをどんどん注目させて、でっかいところでやったりとか熊本に帰ってきて、凱旋ライブをやりたいです。欲張りかもしれませんが、サポートもいろんな人とやっていきたいと思っています。これからもどんどんサポートに磨きをかけていきたいです。

 

 

 

 

AHP:

最後に、これから自分の道を歩みたいと思っている方に向けて何かアドバイスをお願いします。

 

 

堀川:

とりあえずなんでもチャレンジしてみる。これやって意味ないななんて思わずに。特に若いうちは大切だと思います。また、人と人とのつながりも大きいので、打ち上げだったり、そういうのにも積極的に参加して、コミュニティを広げていくことが大事だと思います。昔から人見知りのやつは音楽やめろって言われてるくらいですし。

 

 

 

音楽に関してだけじゃないかもしれませんが、「諦めないこと」が一番大事。自分がやりたいことは、諦めらないで、ずっと自分を信じてやり続けること。続けることで絶対いつか花開くと思います。

 

 

 

AHP:

素敵なメッセージありがとうございます。今日は貴重な時間をいただきありがとうございました。