NOZOMI PIENA:TA

AHP:
平成音楽大学在学中、同じ大学の友人と2人組EDMユニット【Rintel Rantel リンテルランテル 】を結成。その後、大手音楽事務所にも所属するも、解散。 現在は熊本在住のシンガーソングライターとして活動されているNOZOMI PIENA:TAさん。現在はどういったこと活動をされていますか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
NOZOMI PIENA:TA:はい。今は作曲活動を中心に活動しています。今後はもっと自分の世界観や色をしっかり表現できるようになりたいですね。

 

AHP:
活動内容としては作曲をして、最終的にはライブで披露されているんですか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
いえ、なるべくライブは参加しない方向で考えていて…。でも今は作曲活動に集中しているので自分から積極的にライブへの出演のお願いはしていなくて。私を良いと思ってくださってお声をかけていただいたLIVEや、頂いたご縁は大事にしたいのでその場合は出演させて頂いています。今のところは曲作りに専念したいので、LIVEへ積極的に出演するという傾向ではありません。

 

AHP:
個人的にはライブに積極的に出演した方が良いように思えますが、出演を限定する理由はなぜですか?数もこなした方が経験に繋がるのでは?

 

NOZOMI PIENA:TA:
今はまだソロでの活動を始めたばかりで、自分の世界観が確立されていないんです。ソロで活動開始する以前は2人組のユニットを組んでおり、福岡を中心に活動していました。その世界観づくりを集中して2年ほど取り組んでいましたが、まだ自分の中でもイメージが完全に抜け切れていないんです。ですのでソロ活動するということで、自分自身やNOZOMI PIENA:TAというアーティストを確立するためにまだ模索中といった状況で、そのためライブよりは作曲活動を優先しています。それにお客様からおかねをいただくことになるので、私も完璧な状態で演奏したいんですね。中途半端なものは披露できません。

 

AHP:
PIENA:TAさんの過去を教えてください。できれば小学校くらいから…(笑)

 

NOZOMI PIENA:TA:
さかのぼりますね(笑)小学生のころはスポーツをしたくて、バスケ部に入る気満々でした。親にもバスケットゴールとボールを買ってもらってずっと練習していましたが、友人に誘われて、なぜか気付いたら音楽部に入部していました。ピアノは習っていましたが、音楽で食っていくなんて思ったこともなく、そういう意味で自分でもなぜ音楽部に入部したのかは今でも思い出せません(笑)

 

AHP:
スポーツ志望から友人の誘いで音楽部に入部した小学生時代。実際に入部してみてどうでしたか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
人と合奏することがイヤでしたね(笑)大勢の中で一つの役割として演奏する意味が自分の中で見いだせず、苦手で、楽しくなかったですね。「私が吹かなくても音は鳴ってるじゃん!」みたいな。そんな感覚を持ちながら色んな楽器の経験をしてきましたけど、全体で演奏することは楽しくなかったですね。

 

AHP:
中学時代はどうでしたか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
中学も吹奏楽部でした。サックスを担当していましたが、楽器を一人で演奏することは好きでした。これは人前でソロを演奏するという意味ではなくて、単純に音色を聞くことが好きでしたね。

 

AHP:
高校時代はどうでしたか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
中学を卒業してからは、熊本市内の高校の芸術コース音楽科に入学しました。専門科目のコースだったので放課後は部活をする時間もなくて、音楽漬けの3年間でした。

 

AHP:
楽しかったですか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
うーん…。楽しかったというより、きつかったですね。高校の音楽科ということで幼いころから音楽で食べていくことを目標にしている子たちがいて、「私が一番!」って気持ちがみんな強いですし、それが一同にクラスに集まるので大変なクラスでした(笑)それに音楽の練習もたくさんしないといけない環境だったので楽しいというよりはきつい思い出の方が多いですね。

 

AHP:
なるほど。もう少し具体的なエピソードを聞かせてもらえませんか?志の高い友人たちに囲まれ、その大変な環境の中でどう生きてきたのかもっとお聞きしたいです。

 

NOZOMI PIENA:TA:
高校の音楽コースはみんな才能ある子たちが集まっていました。正直、協調性が高いというよりは「私が一番!」という個性の強い子たちが集まっていたので、例えば授業で調音をするときも調音が取れないと「あっ、取れないんだ?私はできたけどね~」と言われることもありました。バチバチな空気感が漂っていた高校3年間でした(笑)

 

AHP:
いやいや、絵に描いたようにバチバチしていますね。なんだか漫画のようです(笑)

 

NOZOMI PIENA:TA:
そうなんです。他のみんなは幼い頃から例えばショパンでしたり、音楽科に入学するための専門の練習過程を経てきています。実際に入学すると、みんなコンクール金賞の常連の子たちばかりでした。それに私はこの高校の音楽コースを志したのも中学3年の夏だったんですけど、当時ピアノを習っていた担当の先生から「あなたでは無理」と言われ、私はそれでも音楽コースに入学したかったので、担当を変えて新しい先生にお願いし、1日5時間の猛練習を毎日慣行してようやく受験に合格しました。でも私は特にコンクールを受けてきていませんでしたし、いざ入学しても周りはコンクール常連の猛者の女の子ばかりです。ピアノを弾いてもクラスの子たちには周りの実力が凄すぎて勝てない。それに思い出したくないくらいキツイ性格の子もいて、「おまえのピアノの演奏、ヘタだよ」と言われたりもしました。悔しかったですけど、それで高校時代はピアノで上の世界を目指すことを諦めました。私の音楽人生、最初の挫折ですね。

 

AHP:
でも、今も音楽活動をやっていらっしゃる。その間に何かあったのでしょうか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
はい。それで高3の時、中学時代の友人から「この詩にメロディをつけて」って突然メールが着たんです。曲をつけるノウハウなんてなかったんですけど、なぜか私にメールが…。タイミングよく親からギターを買ってもらっていたので、コード練習も兼ねてメロディを作っていたらコードが湧いてきて、そのまま簡単な楽曲が完成しました。そこで「メロディや作曲ってこういうことか!」というような感情になったんですね。その時、自分で歌を唄いたいと想うようになりました。でもその曲を授業で唄ってみたら、性格の強いクラスメイトばかりでしたから「おまえの歌は汚いし、誰も聞きたくない」って言われて。初めて人前で唄ったときに言われたセリフがそれだったのでショックでしたね。その時、歌を唄うことをしてはいけないんだという気持ちになりました。今でも思い出したくないくらいトラウマですが、私にとってそれが“唄の始まり”です。そんな気持ちで高校を卒業しました。

 

AHP:
それはつらかったですね。ですが、それがあって今が有るように思えます。

 

NOZOMI PIENA:TA:
今まで他のインタビューを受けたことがありますが、アートヒューマンさんは結構グイグイ質問されるんですね(笑)

 

 

AHP:
えっ、ちなみに他のインタビューではどんなことを聞かれていましたか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
ん~。「はじめて買ったCDは?」とかですよ。

 

AHP:
なるほど。僕らは僕らだから聞けるインタビューを心掛けたいと思います(笑)さて、そんなストイックな環境の中、友人からの一本のメールから【NOZOMI PIENA:TA】として道が開けたんですね。高校卒業後はどのようにされていましたか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
はい、高校卒業後は平成音楽大学に進学しました。音楽コースに在籍していたので、音楽大学にのみ進学できるようなカリキュラムでもあったのですが、4年間充実していてとても楽しかったです!

 

AHP:
おぉ~、相反したリアクションですね!

 

NOZOMI PIENA:TA:
大学生活は幸せなものでしたが、実は高校時代に進路を決める際、大学進学をあきらめた瞬間がありました。良い思い出もありましたが、高校時代の修羅場を経験して“音楽をやっている人はこういう人たちばかりで辛い。そんな人たちばかりがいる大学にはいかない”そんな思い込みに陥っていました。そんなときに24時間テレビの障害者のオーケストラ演奏を視て、その際に泣いてしまうくらい感動したんですね。もうね、号泣です。他人の音楽を視て、聴いて、泣くことなんて今までありませんでしたが、音楽を通じて初めての経験で「やっぱり自分は音楽の道を進まないといけないんだな」と使命のように心で感じました。その後、両親からの説得もあり大学進学を決意しましたが、私はあの時ふと流れたテレビのオーケストラを視て感動していなければ、音楽を今やっていないと思います。

 

AHP:
そうでしたか。大学時代の4年間はどのような学科に所属されていたんですか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
大学では音楽学科ピアノコースに所属していました。

 

AHP:
諦めかけていたピアノなんですね?

 

NOZOMI PIENA:TA:
そうですね。首席(特待)で入学しましたし、気持ち新たに4年間でピアノでトップになってやろうという志で入学しました。だけど、良い意味で途中で諦めたというか。というのがピアノの演奏に集中するよりも、曲を作って溜めることが多くなって、そっちの方がやりたくなって「曲作り」に専念したい気持ちになりました。高校時代のトラウマもありましたが、大学2年のときにおそるおそるライブをやってみた際に「良かったよ!」と言ってもらえて、“下手なはずの自分”に対して初めて自信を持てるようになりました。そこで「ボーカルとして一緒に音楽をしたい」と褒めてくれた男の子がいて、その子がTOMOKIです。同じ大学の別学科に所属していた彼と、のちに【Rintel Rantel / リンテルランテル】というユニットを組むことになります。

 

AHP:
初ライブからもいろいろありそうですね。ひとつずつお聞かせいただければと思います。まず、初ライブの会場はどのような会場だったんですか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
光の森周辺の「お菓子の香梅」さんです。グランドピアノと小さなコンサートスペースがある店舗がありまして、そちらで唄わせていただきました。紅梅さんで演奏させてもらったきっかけも、以前に県立劇場の大ホールでピアノの弾き語り体験をできる機会があって、それに応募して弾かせていただき、その際に目をかけてくれた方の紹介がきっかけです。

 

AHP:
いい巡り合わせですね。順調な大学生活といった感じでしょうか。

 

NOZOMI PIENA:TA:
うーん。初めてのライブの際に一緒にサポートしてくれたギターのお兄さんがいらして、その後のライブもその方にしばらくお願いしていたのですが、ある日サポートをお願いした時に「君の歌でギターを弾きたくない。自分から弾きたいと思うほど歌の上手い女性ではないし、数回セッションしたけど魅力も全然感じない。だから弾く気にならない。」と突然言われたんですね。すごく信頼していた中でそう言われたのでとてもショックでした。これが私の音楽人生での二度目のトラウマですね。
それで大学2年生のときに体調を崩し、退学まで考えましたが、TOMOKIが音楽面やメンタル面もサポートしてくれて、そこからエレクトロジャンルでの活動を進めてもらいました。エレクトロって声を加工することになるので当初は抵抗がありましたが、「一人に歌を否定されても、また別の人は良いと言ってくれるかもしれない。」とTOMOKIから言われ、私も以前までは「目の前の人が発信した私への印象=自分のすべての評価」としか受け止めることができずにいましたが、彼はそういう広い視野での考え方も教えてくれたので、音楽を通じて心の成長もできました。そうやって抵抗のあったエレクトロに挑戦しようと思い、【Rintel Rantel】として初めてエントリーしたのがヤマハ主催の音楽コンテストThe 8th Music Revolution / 通称“ミューレボ”(http://musicrevolution.jp/)でした。

 

AHP:
挫折から這い上がり、好きな音楽に取り組み、周りを元気にする。ここまで順風満帆のように思える音楽活動ですが、解散へはどのような流れで向かったのでしょうか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
はい、ミューレボ後に私たち2人はヤマハに所属しました。内容はメジャーに上がる前の育成契約で、一年ごとに契約更改があります。私はRintel RantelとしてTOMOKIと2人でスタートしましたが、彼は事務所に残り、私だけ更改ができず、解散というよりは脱退という形で事務所の所属生としての幕を終えました。なので彼は現在一人でRintel Rantelをやっていることになります。

 

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AHP:
そこでソロとしてNOZOMI PIENA:TAがスタートしたと。

 

NOZOMI PIENA:TA:
そうですね。高いレベルでやってみた時にダメだったので、契約更改の直後は音楽を辞めようとも思いましたが、TOMOKIと2人で話し合ったときに「音楽をやめるな。絶対続けろ!」とエールをもらいました。ユニットの時は2人で毎日のように夢を語り合っていまして名残惜しさもありましたが、前を向いていかなければなりません。ソロとしてのスタートも宇宙の計らいですし、のびのび楽曲活動をできることからか、解放感もありました。その時は「お前1人でもいけるぞ」と言われているような気持ちになりました。

 

AHP:
コンテストのジャパンファイナル選出や精力的なLIVE活動に対し、僕らもインタビューをオファーする段階でTwitterの検索やネットでの情報をリサーチさせていただきましたが、ファンの方の『すごく楽しかった』という声が多く、お二人のパワーはとても大きかったように感じています。その分、ソロとして活動するにあたってRintel Rantelのイメージを引っ張ったりされませんか?これからどうやって歩まれるのか、お聞かせください。

 

NOZOMI PIENA:TA:
確かにソロでスタートした当初、曲を製作しても『リンテルっぽいな…』と感じてお蔵入りにしたり、葛藤もありました。でも曲を作るって『そんなんじゃないな』と。過去のことをネガティブには捉えていません。課題とも思っていませんし、私は自由な音楽をつくっていきたいです。私にしかつくれない楽曲も絶対にあるはずです。そうやって自分らしい音楽づくりをやりたいと思えるようになりましたし、以前よりも音楽と真剣に向き合うようになりました。

 

AHP:
ありがとうございます。では、つづいてはNOZOMI PIENA:TAさんの音楽観についてお聞かせください。PIENA:TAさんにとってLIVEとは何でしょうか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
そうですね、例えるならアトラクションのようなもの。例えばマッサージや整体って自分の体を良くするために通うじゃないですか?私は私の音楽を通して愛と光を与えたい。私の歌を聞いたら心が安らぎ、スッキリするような、そういう感覚を味わってもらいたい。それが私にとってのLIVEです。

 

AHP:
素晴らしいですね。ところで作詞はどうやって書かれていますか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
作詞で重要なのはやはりワードそのものなんですけど、頭の中で湧いてきたらスマホに即記録しますね。寝る前でも会話中でもとりあえず記録します。記録していれば時間がたっても良し悪しが判断できますし、言葉の意味も温めることで別のタイミングで上手く使うことができます。経験を元に書いた恋愛ソングも深い歌詞やリアルな情景も言葉を用いて表現できるようになったと思います。作曲も最低月に1曲は仕上げています。

 

AHP:
現在、LIVEはどこでやっていますか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
「やれ」と言われたところでやっています(笑)。主に福岡・熊本・沖縄でしょうか。福岡は前のユニット時代のご縁でLIVEが出来ています。沖縄はただやってみたかったからです(笑)先日も沖縄で路上ライブをやってきました。

 

AHP:
ストリートですか。ミュージシャンの原点という雰囲気で良いですね。

 

NOZOMI PIENA:TA:
でも県によって取り締まりの厳しさが違うんですよね。福岡は厳しいので、すぐ始末書を書かされますけど、沖縄は逆に見てくれるみたいな(笑)ストリートの緩さは県毎に違いがありますよ。ただ、私は歌を唄うときに、聴いてくれた人がハッピーになったり、オーラが輝く瞬間をつくれた時に喜びを感じています。もちろんピアノが好きで音楽をやっている部分もありますが、これからもそういう瞬間を多く作っていきたいので、場所がどこであろうと出来る場所で魅力あるLIVEをしていきたいですね。

 

AHP:
ありがとうございます。インタビューもだいぶ温まってきましたね(笑)では、シンガーソングライターとして今の世の中をどう感じていますか?社会的な部分に興味はありますか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
あります!今って暗いコトがとても多いように感じています。マイナスのニュースが毎日のように流れる。私はそういったマイナスを消し去って、忘れさせるような強い歌を唄いたいです。例えば、Superflyさんの『Beautiful』という曲がありますが、あの曲にはその場の空気を一瞬で浄化する力があると思います。空気を根こそぎプラスにする力を持っているというか。そして「涙」という一見マイナスなワードも「涙は星のようさ」という表現をすることで、プラスに表現されています。日頃から考えていることがあって、それは闇に引き込まれるのは本当に簡単で、光ることは本当に力が必要なことだと思います。たとえば蛍光灯も「光る」ためにパワーやエネルギーが必要だし、「光る」って強さがいるじゃないですか。光を消して闇になることは簡単ですが、私は音楽を通じて闇を照らす光になりたいです。今の世の中にもそういった曲が必要だと感じています。
あとは、人が聴きたくなるような曲をとにかく作りたいです。とても労力を使うので、曲はただ作るだけだと勿体ないと思います。例えばBUMP OF CHICKENだったり、売れているアーティストってカッコいいじゃないですか。言葉選びもカッコいいし、暗いことだらけの社会をこんなにカッコよく表現できるのかって。熊本出身のバンドでBLUE ENCOUNTというバンドがいるんですけど、ドラムのよっちゃんは友人で、小さい頃にピアノ教室が一緒でした。あの人たちも10年やっていてとても苦労していて。当初はその辺のバンドと差がないように感じていましたが、でも彼らはあるときに変わりました!【もっと光を】(https://www.youtube.com/watch?v=soIveYMAZwM)という曲があるんですけど、サビの部分でとにかく「もっと光を!」と強く叫ぶんです。正直、それまでの楽曲は何を唄っているんだろうという印象で、個人的にこれといったイメージも薄かったのですが、急に「この世界を輝かせるぜ!」というようなメッセージを強くキャッチーに発信したので、よっちゃんたちは自分のたちの居場所を見つけたんだなと思いました。やはり素晴らしい楽曲は聴いた人の気持ちをプラスに換えてくれます。

 

AHP:
あの曲は僕も聴きました。勢いがあって元気になれる良い曲ですよね。やはり曲作りにキャッチーな要素って大事なんでしょうか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
いえ、それは人それぞれだと思います。だけど、良い言葉やメッセージを聴いてもらいやすいよう、キャッチーな楽曲をつくることは悪いことではありません。それに曲作りの中で、今の忙しい社会の状況を多少考慮する必要もあります。多忙な方が多いので以前のように5~6分の曲はあんまり聞いてもらえないようになりました。現状は3分半~2分半くらいの曲が多い現状になりましたね。業界の傾向として、作り手は曲の長さを意識して製作するようになったとは思います。

 

AHP:
今後はどのような活動をされたいですか?

 

NOZOMI PIENA:TA:
メディアに出たいですね。これは有名になりたいという意味ではなく、私はやはり歌を通してみなさんに元気になってもらいたいと思っています。そのために曲を作っていますし、音楽をやっています。そんな私を全力で支えてくれている周りの方もいます。今はまだその力が無いのでお呼びがかかりませんが、メディアに出れるポテンシャルは常に持っていたいです。やるからには目標を大きく掲げ、いつかどこかで聴いてくださる方のためにもひとつずつステップアップしていきたいと思います。

 

AHP:
ありがとうございます。では、長きに渡ったインタビューもいよいよラストです。最後にやりたいことがあるのに未だチャレンジできていない人たちにむけて一言ください。

 

NOZOMI PIENA:TA:
ん~…。そんな偉い立場でもありませんが私なりに一生懸命言わせていただきますね。(笑)純粋に「好きなことはやってみた方がいいですよ」ですかね。だって人生80年しかありませんから!やりたいコトがあれば絶対チャレンジしてみた方がいいです。私もいつ声が出なくなるか分かりません。あとは自分で限界を決めないことですね。やれないことはこの地球上にありませんから!

 

AHP:
熱いメッセージですね。本日は厚かましく長々とインタビューありがとうございました!

 

NOZOMI PIENA:TA:
興味を持ってインタビューしてくださったので、とても嬉しかったです。こちらこそありがとうございました!

 

↓楽曲の視聴はこちらから↓
【NOZOMI PIENA:TA】

https://soundcloud.com/nozomi-piena-ta/vvkxfpy78ei2

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