ARTICLEアーティストのリアルを届ける特集記事
路⾯電⾞はフランス語でトラムと⾔います。
ニースは南の海から北の⼭にかけて緩やかな傾斜になっていて、中⼼街は海の⽅にあります。海岸から⼀番上の終点までは歩くと最低でも1時間以上かかります。トラムだと30分ほどで、私はニースの北の⽅に住んでいるので、疲れている時、例えば、海でさんざん泳いで帰る時はトラムが便利です。
毎⽇、朝⼀番の発⾞5時から夜中の1時半までたくさんの⼈が利⽤しています。地元の⼈たちの通学、通勤、買い物、観光客まで様々な⼈たちが乗っています。
ニースは観光地として知られていると思いますが、実はフランスの中でも特にお年寄りが多く住んでいる街と⾔われているので路⾯電⾞がとても重宝されています。常にたくさんの⼈たちが乗っているので、5分に⼀本のペースでやって来ます。各停留所で停⾞します。
ちょっと⼾惑う乗⾞券の買い⽅
1. 停留所の販売機でまず券を買います。
2. 画⾯の操作はこの丸いボタン⾃体を回転させて動かします。⽬当ての項⽬が定まったらボタンの真ん中を押して確定させます。初めて使う⼈はこの仕組みが分からなくてよく⼾惑います。
3. 現⾦かクレジットカードで払います。⼀回券は 1.50 ユーロ(約200円)で
す。
4. チケットを停留所の機械に通すか電⾞の中に設置してある機械に通します。
乗った時間と電⾞の番号が表⽰されます。通した時点から1時間半有効です。逆の⽅向に進む場合は時間内に関係なくまた別のチケットを購⼊しないといけません。
定期券を持っている場合はそれを機械の側⾯にかざします。
熊本の路⾯電⾞では降りるときにパッと払って出れば良いだけですが、こちらは⼯程がいくつかあってちょっと⾯倒なんです。
便利だけど便利じゃない
便利は便利なのですが、フランスは何しろストライキが頻繁に起こるので、丸⼀⽇⾛ってなかったり、⾛っていてもデモ⾏進があっている⼿前で停⾞して降りないといけなかったりします。それに加えて、よく機械トラブルが発⽣するので5〜15分停⾞したりします。こう⾔うことが利⽤する5回中2回ぐらいのペースであるので、私は出かける時は最初から歩いて⾏った場合にかかる時間を念頭に置いて家を出ます。もしその時電⾞が⾛っていたら乗るぐらいの感覚で、頼りにしてはいけないのです。しかし、これはベビーカーや⼦供連れの⼈や⽼⼈にはスケジュールの読めないこのような状態は困るだろうなと思います。
電⾞ストライキの⽇ みんな歩いて移動しているので電⾞道まで⼈がいっぱい
座りたくない
更にもう⼀つ、私が個⼈的に便利だけど便利じゃないと思う理由が、⾞内が不清潔なことです。私は中の上ぐらいの潔癖症だと思います。どのくらい不清潔かいくつか例をあげると、若者が靴のまま向かい側の席に⾜を乗せていたり、⼦供に靴を履かせたままシートに⽴たせたり、床にはよく何かしらの液体が溢れています。座席の他に下の写真のようなもたれかかるシートもあるのですが、ここにもよく⼦供が⼟⾜で乗っています。いつか⼦供がこのシートを両⼿でパンパンと叩いたとき、ものすごい埃が舞い上がり辺りが真っ⽩になったのを⾒てびっくりしました。
フランスは⼟⾜⽂化だからほとんどの⼈が気にならないのだろうと思いますが、“⼀応⽇本⼈”の私にはどうしても気持ちが悪いのです。それで、なるべく座席には座りません。お年寄りが多いので最初から席を譲ってあげていると⾒せかけて、実はただ座りたくないのです。友達と⼀緒に乗る場合、座らない理由を⼀々説明するのが⾯倒な時は、「⽴って体幹を鍛えてるの。」と⾔います。とにかく、ニースの電⾞内は⼼地よくはないので、できることなら乗りたくないと⾔うのが本⾳です。
最近はもうなるべく電⾞を使わないようにしようと決めました。おかげで歩く距離が増え、運動にもなるし、更に交通費が浮きます。交通費で思い出しましたが、⼊⼝も出⼝も区別なく⾃由に出⼊りできるので、結構チケットを買わずに乗る⼈が多いです。そこで、コントローラーという⼈たちがいます。この⼈たちは電⾞警察のような存在で、時々10名ほどで乗ってきて乗客の券をチェックします。お⾦を払わずに乗っていた場合1⼈につき最⾼90ユーロ(⽇本円で約 11,000 円)の罰⾦で、その場で現⾦かクレジットカードで払うことになります。チケットを持っていてズルしていなくても、コントローラーの態度には威圧感があって何だか不愉快な気持ちになります。
しかしコントローラーがこのような態度を取るのは、それだけたくさんズルをする⼈たちがいるからだと思います。⾒つからなければ良いやという道徳⼼のなさを残念に思います。⼀⾒、どのドアからも出⼊りできて⾃由なイメージで、乗客の誠実さを尊重しているようにも⾒えますが、⼀⽅でこんな汚い⼼が育つようなシステムというのは良くないなと思います。それだったら⽇本のように⼊り⼝降り⼝がはっきり別れていて必ず払うようになっている⽅がよっぽど良いなと思います。
強気な乗客
世界中で⽇本あるあるとしてよく知られていますが、フランスでも「⽇本⼈はちゃんと列を作って並ぶよね。」と⾔われます。これは。私たちからしたら“当たり前“ですが、こちらでは当たり前のように列を作らないのです。並ばないだけではなく、次に乗⾞しようとしている⼈たちはドアの真ん前に⽴ち、増しては外へ出てくる⼈たちの波に逆らって⼊っていく⼈もよくいます。あまりにも⽭盾していてびっくりします。このような状況をみるといかに⽇本の公共の場でルールが合理的であるかが良くわかります。
⾒知らぬ⼈同⼠の⼤げんか
もう⼀つ電⾞内の⼈間事情でびっくりするのが、⾒知らぬ⼈たち同⼠がよく⼤げんかを始めることです。満員の時にありがちで、「もうちょっと詰めてください。」「こんなに荷物があるから動けないんだ。」とかこういったことで喧嘩が始まるのですが、ここでどちらかが我慢するか譲るかと⾔うことはなくどちらも⾃分の思っていることをはっきり⾔います。それに加えてまた更に周りの⼈まで加わってきたりするので⼀気に熱気が上がります。最後はどちらかが先に降りて、ドアが閉まるまでお互いに怒鳴りあって終了します。この険悪なムードがそのまま⾞内に残るのかと思いきや、すぐに喧嘩の中⼼⼈物とその周りの⼈たち同⼠で共感を分かち合いワハハと笑っていました。⼀気にバーっと感情をぶちまけて、すぐにケロッとした様に返る。何て切り替えが早いのでしょう。これは特に南仏特有の気質だとよく聞きます。しかし、⾒ず知らずの相⼿を全く理解しないまま感情をぶつけることは良いのか、それは相⼿や状況次第だと思いますが、基本的にこう⾔うコミュニケーションの取り⽅をするのが普通なのであれば、他の場⾯において、思ったことをある程度はっきり⾔った⽅が良いのだろうなと感じます。⽇本⼈の場合、本⾳と建前の理念が強いのでなかなかこういう⾵にはならないと思いますが、評価を恐れて黙っていつまでもジメジメと⼼がしている状態が続くのもどうなのかと時々考えます。
ここまで読まれて、ニースの電⾞利⽤はもとよりニースには⾏きたくないなと思われたかもしれませんが、南仏のきらびやかなイメージだけでなく、少し近寄って⾒た現実的な部分もお伝えしたいなと思いました。私は熊本で路⾯電⾞を思い浮かべるとただただ平和でほのぼのとしていて、ちょっとノスタルジックなイメージでしたが、ニースの路⾯電⾞に乗ってみてこんなに違うのかとびっくりしました。逆に熊本の電⾞はそんなに快適なのかと気づいていただけたら幸いです。そして、もちろんニースにもたくさん良いところがあります!ここからは楽しげなアーティストの話です。
停留所の⼿書き看板
ニースの電⾞の停留所の名前は各駅、なんだかホッとするような⼿書き⽂字で表⽰してあります。これらはフランスでは有名な Ben (ベン)というイタリア⽣まれのフランス⼈、ニース在住のアーティストが書いたものです。
現役84歳。マルセル・デュシャンやジョン・ケージといったダダイスムのアーティストに影響され、フルクサス全盛期からパフォーマンス、や⽂字を主に作品を作っています。数えきれないほどの作品を次から次に作り、彼の家もこんなに作品が張り巡らされています。
概ね⼀つの板に1句ずつ書いてあります。⼀⾔だったり宣⾔の句だったり様々で
す。彼が初めて作った⼿書きサインは“Il faut mange. Il faut dormi.” =「 寝なければいけない。⾷べなければいけない。」というものでした。他にも、”tout est art”= 「全てアート」など、アートと⽇常の世界の境界をほどくような、そもそもアート⾃体の在り⽅を疑問視するような彼の思考が伝わってきます。
停留所の名前の看板の横にも⿊地に⽩⽂字で毎回違った句がかけてあります。
“歩くか夢を⾒るか”、“即⾏動!”、“⾃由なくしてアートなし”、“⾃我なくしてアートなし”などシンプルで抽象的なことが書いてあるので、何となくどういう意味かふと考えさせられます。電⾞を待っている間、ベンの句を読んで、ボヤボヤと⾃分の想像の世界に⼊って⾏く感じが良いなと思います。いわゆる美術館などの⽩い箱から出て、もっと⽇常の中にあり、⾊々な⼈の⽬に⼊ると⾔う意味では彼のアートと⽇常がお互いに境界を超えた世界ができているなと思います。
彼の句はニースの現代美術館での展⽰はもちろん、T―シャツや消しゴム、ポストカードまで⾊々な形で⾒ることができます。短くシンプルなのでフランス語の勉強にもなります。読んでいただいた皆様ももしいつかニースにいらっしゃることがあったら是⾮まずトラム停留所に来て⾒てください。そして、トラムにも是⾮乗って直にニースの雰囲気を体感していただきたいです。
1910 年の⾵景
同じ場所での今⽇の⾵景
Ben オフィシャルウェブサイト
https://web.archive.org/web/20190410004941/
http://www.ben-vautier.com/