「こだわり」の話し。

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こんにちは。

今日は私、藤井がブログ担当です。

 

最近思うことがありまして、「こだわり」ってなんでしょうね?

良い意味でも悪い意味でも使用されるこの言葉って私の中で「個性」に近いものがあるんじゃないかって思っていました。

今日はこのことについて書いてみようかなと思います。

 

 

 

私の仕事はwebサイトを作ったり、システムを組んだり、わかりやすく言うとプログラマーみたいな仕事をやっています。

このサイトもそうで、私がキーボードをカタカタカタカタ鳴らしながら作りました。

プログラマーというのは、完成形が同じでも作り方は無限にあるんです。

算数の計算式と同じように、「10」というものを作る時に、

「5+5」でも「1+9」でも「3+7」でもいいんです。

結果が「10」であれば正解なんです。

 

もちろん基本的には「こう作ったほうが良い」みたいなものはありますが、小さい部分はプログラムを組む人の好みの作り方みたいなところもあります。

 

そこで最近感じることがあって、「私はなぜこんな組み方をしているのか?」と。

自分の中では「より文字数を少なく簡潔に書く」とか「正確に早く」とかいろんなこだわりがあるのですが、そもそも”こだわり”ってなんだってなるわけですよ。

クライアントやお客様から求められていないが、自分の個人的な感情で物事をやっちゃう。

それが「こだわり」かなと。

そこで「こだわり」の意味を調べてみました。

 

 

ひとつのことについて強く思い入れたり、執着したりすること。拘わる。拘泥する。

あることを必要以上に気にすること。

 

 

これですよ。

「必要以上に気にする」ってワード。

必要な部分って最低限の部分じゃないですか。

そのプラスアルファの部分で「こだわり」が出て来ると思うんですよね。

たぶん、その「こだわり」がないと同業の人たちと変わらなくなってしまって個性というものがなくなっちゃう。

 

 

アートヒューマンの方々はこの「こだわり」が強いと思うし、そこに個性が見えると思う。

言い方を変えると、余計なお世話って言う人もいるかもしれませんけどね。

自分が強く抱く想いのファンになってくれるのってすごく嬉しいことですよね。

これは、アートや芸術だけの話しではないと思うんです。

子どもでも社会人でも主婦でも、みんなそれぞれ「こだわり」を持って「個性」を持って生活してます。

それを表現する人って、やっぱりアートヒューマンなわけで。。。

 

人類みな表現者なら人類みなアートヒューマンなのかもしれませんね。

 

 

さて、キレイにまとまったところで今日は締めさせていただきます。

それではまた。

 

ps,キーボードを洗ったのでタイピングが楽しくてしょうがないですね。

 

藤井

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