Shohey

AHP:
まずは今の活動を含む自己紹介をお願いします。

 

Shohey:
東京で『THREE1989(スリー)(https://www.three1989.tokyo/)』というバンドと『SHEWAS(シワス)』と言うバンドをやっています。 THREE1989のほうは、3年前に立ち上げた、『キークルーサウンズ(http://keycrewsounds.com/)』という音楽事務所に所属して活動しています。 SHEWASは事務所とか所属している訳ではないんですが、同士が集まって自由に活動している感じですね。

 

AHP:
その活動を始められたきっかけはなんですか?

 

Shohey:
僕が小学校5年生のときに音楽の先生が赴任してきたんですよね。小学校に音楽専門の先生ってなかなかないと思うんですけど、その先生が元オペラ歌手たっだんです。そして音楽会というか、合唱コンクールとかあるじゃないですか。その先生に「アメイジンググレイスを一人で歌いなさい」と言われて、そこから1週間ぐらい練習して実際に一人で歌ったんですけど、歌を聴いてる人で泣いてる人とか、いい言葉をくれる人がいて、そこで「歌手になりたい」と思ったのがキッカケですね。
でも、野球を部活でやっていたこともあって、歌手になりたいと思ってから大学まで、音楽と結びつくことってやってなかったんです。中学、高校も野球をやっていましたし、大学でもサークル活動をやっていましたからね。

そして第二のキッカケが訪れるんですけど、AIが熊本でLIVEするということで、その前座というか、オープニングアクトをしないか?と声をかけてもらってクラブで歌うことになったんですが、出演するにはオリジナルの歌がないとダメと言われたので、パソコンを買って音楽を作るソフトを入れて制作を始めたんです。そこから本格的に曲を作り始めて、それが第二のキッカケですね。この時22歳でした。

だから、小学生の頃に歌手になりたいと思ってから本格的にやりたいと思うまで期間は空いたんですけど、その期間でやっていた野球やサークル活動は絶対無駄じゃなかったですし、LIVEに来てくれる方もその時の友人や知人の方が集まってくれるし、そこから広がったりとかしているので。やっぱり音楽一本でやってこなくてよかったなと思ってます。少なからず今の曲の歌詞にも影響していると思いますしね。

 

001

 

AHP:
現在のTHREE1989になるまでに『FAR EAST OF EDEN』として過去に活動していたと思うのですが、実際に歌で食べていこうと決めてから、どうやってユニット結成までに至ったんですか?

 

Shohey:
歌手になるって家族に伝えた時に、一番認めてくれる、誰もが分かりやすい成功って紅白歌合戦に出ることだと思うんですよ。なのでそうなりたいと思った時に、 熊本のクラブなどで主に活動していたんですけど、 熊本でやっていてもなかなかそこには結びつきにくいのかなと感じたので、東京に出ました。ワタナベエンターテインメントという事務所のオーディションを受けて受かってそこから1年間、養成所に入ることになったんですけど、そこで出会ったのが今のメンバー、Shimo(Key.)とDatch(DJ)だったんですよね。

養成所卒業するあたりで、自分の今後について考えてたんです、ソロで歌うかグループを組んで歌うか。そんな時にDatchが声をかけてくれたんですけど、「俺 Datch って言うんだけど、Shoheyくんと一緒に夏フェスに出たいんだよね。Shoheyくんが歌って俺が曲作って一緒に出ようよ。」って言ってくれて。そこから「それいいね!」って意気投合して。んで元々仲良かった Shimoも楽器なんでもできるし、誘って3人でしようよってなったのが始まりですね。

そうなったのはいいんですけど、応募の〆切まで2日しかなかったんですよね 。(笑)それから3人のデモを持ち寄って、どれにしようかとか話し合ったりして。名前はDatchが決めてくれて、そこで結成したって感じですかね。

最初はずっとするような感じじゃなくて、本当にひと夏だけのグループとしてやろうってなってたんですけど、やっていくうちに人間的に好きになっていったんですよね。だからこいつらと一緒にやりたいと思うようになって、活動しているうちに事務所とかから声がかかったりしたんですけど、もう一人、伊藤っていう僕らの事務所の社長がいるんですけど、「FAR EAST OF EDENのために会社を立ち上げたい!」って言ってくれたので、伊藤と一緒に面白い音楽とか作りたいと思いましたね。元々、音楽業界を面白くしたいという想いは持っていたので、みんなで事務所立ち上げて、インディペンデントでやっていこうよって立ち上げたって感じです。

 

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AHP:
FAR EAST OF EDENからTHREE1989になった理由ってなんですか?

 

Shohey:
その当時、彼女と別れたり、友達とも離れたり、震災もあったし、いろんなことがあったんですよねその年に。そこでいろんな考え方が変わって、本当に自分達のやりたいことをやりたいという想いが強くなったんですよね。「伝えたいことってなんだろう?」「好きなことってなんだろう?」って考えた時に、今のTHREE1989のジャンルだったんですけど。

FAR EAST OF EDENの音楽もLIVEも好きでしたよ!でももっと洗練したいと思って、好きなことをやりたいと思ってメンバーに相談したら、名前とジャンルを変えて一新することになったんです。とにかく好きなことがしたくて、それにすべてをかけようと思いました。

 

AHP:
今ジャンルの話にが出ましたが、THREE1989の音楽は1970~80年代の音楽に影響を受けたということなんですが、その年代の音楽の魅力はなんでしょうか?

 

Shohey:
純粋にディスコ・ミュージックが好きだというのと、単純に踊れるしワクワクするんですよね。バラードとかロックもいいんですけど、例えばDJが曲を流しているとして、僕のイメージではその曲に合わせて笑顔で踊っていて、揺れてて踊っているっていうのがディスコミュージックだったので、結局僕が伝えたいことっていうのとマッチしていたので好きになったっていうのはあるかもしれないですね。簡潔に言いましたけど。(笑)

ちょっと専門的な話にはなるんですけど、和音の使い方とかが全然違うんですよね。昔のシティーポップと呼ばれるものですね、山下達郎とかもそうなんですけど、ロックとかって三和音だったりするんですけど、アーバンな音楽は四和音とかそれ以上の和音を使って作られてるんですよね。そうなると曲に浮遊した感じが出るというか、フワフワした曲になるんです。つまむところが多いというか、そういう聴いているだけで気持ちよくなれるところも魅力じゃないかなと感じますね。

 

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AHP:
そのダンスミュージックを表現するTHREE1989、打って変わってJAZZ要素の強いオルタナティブジャズバンドのSHEWAS(シワス)でも活動していますが、表現の方法、それぞれのパフォーマンスで何か意識していることはありますか?

 

Shohey:
THREE1989は、とにかく楽しくを意識してやっていて、お客さんと一緒に楽しみたい想いが強いんですけど、SHEWASの方はステージ上で楽しみたいって感じですかね。SHEWASはJAZZでもあるので、プレイヤーが全員メインというか、「今のお前のフレーズいいな!」みたいな。JAZZはやっぱり即興でその場で生まれるものがあるので、ステージ上で楽しんでますね。歌い方はだいたい一緒なんですけど、作風とかはどちらも全然違うし、楽しみ方のスタンスが違うのかなって感じです。

 

AHP:
8月23日に初となるアルバム『Time Line』について MTVのVJ Booさんが「どの曲にも彼らの今が詰まってる」とおっしゃっていましたが、 具体的にどんな内容になっていますか?

 

Shohey:
今って、CDよりも「定額で聴き放題」みたいなストリーミングで聴く音楽が主流になってきてるじゃないですか。昔は、テープとかMDとかに好きな音楽だけを入れて、自分だけのプレイリストを作ってたと思うんですよね。そこで、今回60曲ぐらい曲を作ったんですけど「THREE1989のプレイリストってなんだろう?」って考えながら、その中から聴きたい曲の8曲を選んで作成しました。結構自己紹介的なアルバムになっています。
本当に今回苦渋の選択しかしてないです!「これ入れたいけどなー!」とか何度もなったんですけど、メンバーとかなり話し合ったので、内容の濃い8曲になっていると思います!

 

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AHP:
このアルバムをどんな人に聴いて欲しいですか?また、聴いた人にどんな事を感じて欲しいですか?

 

Shohey:
やっぱりドライブ中とか遊びに行くとき、通勤中とかに聴いて欲しいです。ダンスミュージックなので何も考えずに聴いて欲しいんですけど、「あれっ?今のワード結構パンチラインじゃない?」みたいな、後からもう一回聴いて「あっ、意外と歌詞もいいんだ!」って感じで聴いて欲しいなっていうのはありますね。着目するところが沢山あると思います。

なので、その人なりの最強のプレイリストになればいいなと思います。たぶん聴いている人が主役になれると思うんですよね。あくまでこっち発信だけど、聴いてる人が主役でいて欲しいと思って曲を作っているので。

聴いてる人が主役で曲作をつくるということですが、どんな工程、気持ちで曲を作っているんですか? 歌詞ですけど、俯瞰的・客観的に書いていますね。僕が見た中で目に映る情景を説明する歌詞を描くんですよね。主人公を置いて、どんな事を思っているのかを描きます。周りに映る背景だったり、どんな事を思っているのかを描くのでいらないものを入れちゃうというか。第三者目線で描くことが多いです。「あなたを愛してるよ!」っていうより「あの人を愛してるよね?」って感じです。他人として描くので、聴いている人が主役になるポイントじゃないかなと思います。

 

AHP:
作曲するときって、「曲を作ろう!」って思った時に作るんですか?どうやって曲が生まれるんですか?

 

Shohey:
そうですね、思ったことは携帯にメモしているので、 その時の気持ちを思い出してその引き出しからテーマを設定して曲作りを行います。基本的に僕は卑屈なとこもるので、明るい曲を作ることが多いんですけど、その裏側には辛いことがあったりしますよ。(笑)

 

AHP:
Shoheyさんが目指しているところとか場所はありますか?

 

Shohey:
とにかく今は THREE1989としての音楽を一人でも多くの人に聴いて欲しいというのが素直な所ですし、THREE1989として、大きいホテルのホールや結婚式場でディスコパーティをしたいですね。以前、ハイアットホテルがそういうのをやってて、一度招待されて行ったんですよ。その時にかなり衝撃を受けて。クラブだったらそれぞれ踊ってそれぞれが楽しんでるんですけど、ディスコってちゃんと振り付けがあって来てるお客さんがみんな同じ動きしててめちゃくちゃ楽しそうだったんですよね。そこに刺激を受けてディスコパーティしたいなと思いました。どうやって覚えたのかなって思いますけど、 ディスコが沢山あったり、「覚えてないとダサい」とかそういう、その時代も環境とかもあったのかもしれませんけど、それでも覚える作業があると思うんでそれがまた素敵ですよね。覚えて、行って、踊って、楽しんでっていう過程がかっこいいです。やっぱりそういうのに影響されて今のTHREE1989の音楽があるのかもしれません。僕全然ダンスのセンスが無いので。(笑)自分は全然踊らなくてノってるだけなので、いつかダンサーと一緒にやりたいですね!

 

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AHP:
それでは最後に、これからの野望や意気込みを聞かせてください。

 

Shohey:
本当に関係ないことになるんですけど、僕銭湯が好きなんですよ。(笑)なので銭湯を買い取って、めちゃくちゃかっこいい銭湯を作りたいですね。(笑)いや本当に関係ないんですけど作りたいんですよね!(笑)なんか、若者が誰でもいけるような銭湯作りたいです。銭湯でLIVEとかパーティもしたいですね!響きすぎて音が意味のわからないことになりそうですけど。(笑)

銭湯以外のことだったらやっぱり紅白歌合戦ですよね。紅白がもっと一つのフェスみたいになればいいなとは思いますね。外国の人にも「日本には紅白がある」といいことを誇りたいですね。「家族みんなで見れるフェスがある」って言いたいですもん。

紅白にオーディションとかあってもいいと思うんですけどね。そしたらもっと盛り上がると思うし。
でもまずは紅白に出たいです。そこを目指します!

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